とむとむダイアリー

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昨日の夕飯はすき屋の牛丼だった。
どうやら母が持ち帰りで買ってきてくれたらしい。

自分の分は三色のチーズ牛丼だが、これは決して自分への皮肉ではない。

自分はチー牛が好きなのだが、店内でこれを頼むと「チー牛じゃんww」と思われるので、持ち帰りの時だけチー牛を頼むようにしているのだ。

さて、このチー牛だが付属でタバスコがついている。

自分は残り半分になった時にタバスコをかけて食べるのが好みだ。

しかし、このタバスコめちゃくちゃ袋があけにくい。袋が固いし、あけたと同時に中のタバスコが漏れだしてくる。

下側に向けてあければ?と思うかもしれないが、飛び散るのが怖いので無理だ。

今回もあけづらいタバスコだが、ピッと少しだけ袋があいた。

だが、肝心のタバスコが出てこない。どうやら自分は袋の2割ぐらいしか破れなかったようだ。

自分は考えた。さらに破ろうと力を加えれば中身が飛び散る可能性がある。

でも、一応少し破れているので押し出せばタバスコが出てくる。マヨビームの要領でかけられるかも。

10秒ぐらい考えた後、自分は後者を選んだ。

グッと指先に力を入れた途端、目に激痛を感じた。

どうやら、無理矢理押し出されたタバスコが四方八方に飛び散り目に入ってしまったのだ。

急いで洗面所で目を洗った後、テーブルを見るとテーブルにもタバスコが撒き散らされている。

結局、タバスコはほとんど残っておらず、そのままチー牛を食べきった。

もういっそ、今後は袋は使わずに瓶タイプを常備しておいた方がいいかもしれない。

最近、沖縄に台風が当たらなくなった気がする。
今年の台風の予報を見ると「沖縄に直撃する」とか言われてたのに、急にプイッと進路を変えてしまうのだ。

思い出してみると、小〜中学生の時はよく台風が来た気がする。

台風の強さと進路を見ては一喜一憂し、不謹慎かもしれないが「当たれ当たれ!!」と念じていた。

小学生の時は、風こそ強いが雨が弱い時は外に出て遊んでいたし、そういう時ほど非日常感があって楽しかった。

今考えてみるとよく親は許可していたものだ。

台風の時の思い出といえば、野良猫が我が家に避難してきたことだろうか。  

ベランダから猫の鳴き声が聞こえると思ったら綺麗なアメショの猫が佇んでいた。

「入れて〜!」と言わんばかりに鳴いてる子を放っておく訳にもいかず、天気が回復するまで家に滞在させた。

人懐っこくて一瞬で家族全員を魅了した猫は、台風が弱まると同時に家から去っていった。まさに台風のような猫である。  

しかし、今年の台風はよく内地に向かったり、内地付近で発生することが多い。

もしかしたら、沖縄はもう「台風銀座」ではなくなったのかもしれない。

自分はクリームソーダが大好きなのだが、最近はなかなか販売している店舗を見かけない。

一応、沖縄のファストフード店「A&W」にはルートビアの上にソフトクリームを置いたフロートがあるのだが、自分はメロンソーダの上にソフトクリームが乗った、あのクリームソーダが飲みたい。

そう思っていると、以前Twitterでコメダ珈琲がオシャレなクリームソーダを販売している事を思い出した。   

あのブーツのようなグラスに注がれたクリームソーダ…飲みたい…!

自分は「クリームソーダ飲みたい欲」を満たすためにコメダへ向かった。

コメダでメニューを確認してみると、どうやらメロン意外にも様々な種類がある。

他の味も気になるが、やはりメロンソーダ一択だ。

ついでにお腹も空いていたので、コーヒー+モーニング、さらにカツサンドを頼んだ。

そして、遂に待ち望んだものが現れた。

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なんと美味しそうなクリームソーダだろう。

自分は慎重にスプーンでソフトクリームをすくった。

大抵のクリームソーダやフロートって、スプーンを立てると傾いたり、ソーダの中に沈んで溶けてしまうことが多い。

だが、意外にもこのソフトクリームは中に沈まないし安定感がある。

おそらく、氷が大きくて分厚いことが理由だろう。
氷が大きいので、ソフトクリームの土台として役割を果たしているのだ。

ちなみに、自分がクリームソーダを飲む時はソーダとアイスの比率を「7:3」にするという謎のこだわりがある。  

こうして食べれば両方同時に無くなる。

待ち望んだクリームソーダはあっという間に自分の中へ吸い込まれていった。  

その後、冷えた体をコーヒーで温め、運ばれてきたモーニングとカツサンドを食べた。

今思うとわりとハードな注文であるが、その時は超お腹が空いてたのですべて数分で食べ終わった。

腹と欲を満たせた満足感からレジへ向かうと、値段はなんと2000円を超えていた。

体は重くなったが、なんだか財布は軽くなったような気がする。

ラーメン食べたい欲が湧いてからしばらく経った休日。

「今日こそはラーメンを食べるぞ」と意気込んで外に出てみたが、どこのラーメン屋にするか思いつかない。

その日はカラオケに行く予定だったので、カラオケ店の近くにしようと思ったら、ちょうど近くにラーメン店「天下一品」があることを思い出した。

「天下一品か…」と自分は悩んだ。
実は、小学生の時に1度天下一品に行っているのだが、あまりのスープのドロドロさと濃さが美味しく感じなかった。

一緒に行っていた家族も、同じ感想だったらしく、それ以来自分達の中で「天下一品は美味しくない」というレッテルが貼られてしまったのだ。

だが、たった一度の食事で"美味さ"を決めてもいいのだろうか。それに、自分も大人になった。

よく"子供の頃は苦手だった食べ物が大人になったら美味しく感じる"という話がある。

もしかしたら、天下一品もこの現象に当てはまるかもしれない。

そう思った自分は、リベンジも兼ねて天下一品へ向かうことにした。

メニューの写真を見てみると、そこまでコッテリさは感じない。

「もしかしたら、あまりコッテリしなくなったのか?」と思いつつ、ランチの餃子とライスセットを頼んだ。

そして来た商品がこちらだ。

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実物が来てみると、スープがテカってるというか、コッテリ感をめちゃくちゃ感じる。

だが、ここまで来たら後には引けない。

自分は苦手だったスープを一口飲んだ。

「美味い…!?」

衝撃だった。確かに味は濃いし、スープもコッテリし過ぎてドロドロしているが、普通にいける。

このスープのドロドロ感と食感は、缶詰のマッシュルームスープに近いものを感じる(失礼)

何より美味しいのが、行儀が悪いがライスと一緒に食べる方法が一番美味しかった。

確かに、今では味が濃いものが好きな自分にとって、天下一品の濃さは合うかもしれない。

意外な美味しさに箸が進み、数分で食べ終えてしまった。

やはり、子供の時と大人の今では味覚に変化が生じているのかもしれない。

新しい好みのラーメンを見つけることが出来て良かった。またいつか天下一品に行こうと思う。

夢の中で恋人ができた経験はないだろうか?自分はある。
元恋人とか、そういった身近な人ではなく、まったく知らない相手である。

恥ずかしい話だが、その夢から醒めた後は、妙な幸福感と寂しさが入り混じった不思議な気持ちになる。これが、アニメやアイドルの推しであればいい。さらに推しになるのだから。

だが、自分の見た夢の場合、名前はおろか顔や輪郭さえも思い出せない。性格や夢自体どんな内容だったのかも曖昧だ。何もかも不明瞭過ぎて「そもそも、自分はそんな夢を見たのか?」とさえ思う。

今のような経験が、これまで数回起きてきた。
「なんだかいい夢を見たな~」と、なるべく断片的でも記憶したいのだが、やはり夢ということもあって、1ヶ月もすれば忘れてしまう(1ヶ月も夢を覚えている方が変な話なのだが)

そして、数ヶ月、もしくは数年後に似たような夢を見る。
頻度自体は少ないが、何年も過ごしていると起きた後に「前も似たシチュエーションの夢を見た気がするなぁ」と徐々にこの現象を自覚してきた。

しかし、なんとなくではあるが、その夢の中で出会う相手は毎回違う相手なような気がする。
何度も同じ相手であれば記憶に残るはずなので、記憶に残らない辺り、別々の人なのだろう。

おそらく、起きた後の妙な寂しさは、その一期一会的な夢が原因なのかもしれない。
情けない話ではあるが、その夢を見た後しばらくは「また逢えたらいいな~」なんて思いつつ、床に就いている。

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